株式会社いろはや
株式会社いろはや(以下、いろはや)は、長崎県島原市に本社を置く創業 170 年の小売業を営む老舗企業。長崎県内でアパレルセレクトショップを3店舗、ギフトショップを 2 店舗、デザイン・アートと町をテーマとするギャラリー、Web ショップを運営している。
時代の潮流を読み、変化することで生き抜いてきた歴史
いろはやの創業は安政5年、足袋屋として創業されました。大正時代、雨の日はマントで外出するのが普通だった時代に二代目が洋傘仕入れ、これが大ヒットとなります。昭和になると三代目が経営を担い、日本の近代化と経済発展に伴って実用衣料を販売することで発展遂げました。戦中の苦しい時代をくぐり抜け、四代目が坪単価売上、在庫回転率といった数値を用いた近代的な経営手法と斬新な広告を展開し商売を大きく発展させました。その後、紳士服を中心に販売するようにりますが売上が低迷。婦人服も扱うことで何とか経営を軌に乗せます。現在は5代目の中山実津雄氏(以下、中山氏)が店主となり、婦人服のセレクトショップを3店舗、九州みやげを扱うギフトショップを2店舗、ギャラリー、ウェブショップなども運営する規模にまで拡大させた。
事業は拡大。しかし、システムの構築が伴っていなかった
店舗を増やすことで着実に事業は拡大させてきたが、それを裏で支えるシステムの構築が伴っていませんでした。売上や在庫、顧客などすべての情報がそれぞれの店舗のローカル環境に保存されている状態で集約できていなかったのです。また店舗を増やすたびに、レジやシステムなど設備に関する新たな投資が発生。商品の登録、バーコードとタグの作成、在庫管理、顧客管理
など業務の負荷も増えるばかり。販売スタッフの営業ノウハウも属人化し、複数の店舗を展開することによる相乗効果が得られない状況で、今後の売上拡大に行き詰まっていました。
─そもそも DX に興味や関心はあったのでしょうか。
─株式会社いろはや 代表取締役社長 中山実津雄氏(以下、中山社長):ネット販売などはやってはいましたが、どちらかと言えばアナログな業界なので、DX の何たるかについてはよく知りませんでした。当時は DX という言葉だけが独り歩きしている感じで、「とにかく DX しておけ」みたいな世の中に蔓延していたノリには違和感がありました。まずは課題が先だろう、と。一方で、デジタル化自体には興味があって、何かやらなきゃいけないという思いはずっとありました。しかし、具体的に何をどうすればいいのか分からなかった。我々の商売はまず売上です。注力すべきは売上を伸ばすことなので、どうやったらネットの販売は伸びるのだろう、というのは常々頭にありました。あとは、事業所のデータベースが分断されているのは大きな課題だと感じていました。
スライベックス 鶴野との出会い
そういった悩みや課題を、懇意にしていた公益財団法人ながさき地域政策研究 所「THINK NAGASAKI」の 濵崎竜之介氏に話したところ、小売業の経験もあってシステムにも詳しい人がいますよ、と株式会社スライベックス 代表取締役の鶴野を紹介されて、オンラインでミーティングをする運びとなる。
─鶴野とのミーティングはどんな感じだったのでしょうか。
─中山社長: コンサルタントというよりは、同業の相談相手、壁打ち相手みたいな感じで。うちの会社は楽天からは撤退していたのですが、「楽天はどうやられてたのですか」とか、「どうしたらネットビジネスの数字は伸ばせますか」とか。売り方だけではなく、「バックオフィスの業務はどうすればいいですかねぇ」など、とりとめもなく色々と仕事の悩みをお話しさせて頂きました。
─鶴野: 私は聞き手に回って、中山社長が抱えている課題、悩みをとにかく吐き出してもらおうと思いました。どこで何がどれだけ売れているか分からない、ポイントカードも全店共通で運営できていないなどお悩みは多くありましたが、情報が散在していて管理がしづらい状態にあるというのが根本的な問題だな、と思いました。
新店舗を視察し、スタッフへのヒアリングを実施
オンラインミーティングの際に、現場視察も兼ねて一度店舗へ行きましょうという話になり、長崎市内のモールに新規オープンさせたボタニカルガーデンというショップでお会いすることとなる。現地ではスタッフの方々に日常どのような業務をされているのか、業務負担はどこで発生しているのかなどをヒアリング。そして、THINK NAGASAKIの濵崎氏に勧められていた「フィジタル型スマート店舗経営支援補助金」※ を活用したデジタル化プランの企画書を鶴野が作成することを約束する。
※「フィジタル」というのは、英語の「Physical(フィジカル)物理的な」と「Digital(デジタル)」の造語。実店舗とデジタル技術の融合によって新たな購買体験を提供するフィジタル型のスマート店舗などを継続的に経営し、そこから得られるデータ分析等により新たな付加価値、新サービスの創出を目指す事業の支援を目的に当時長崎県が実施していた補助金。
スライベックスの導き出した答え
鶴野は根本的な原因はやはり「マスターデータの不在」にあると考えた。クラウドを活用せず、店舗が増える度に店舗ごとにデータベースを構築してきた結果、データは各店舗のパソコンにだけに保存され、共有できない状態だった。レジシステムも無料版を使用していたために店舗でしか売上が確認できず、売れた商品の詳細情報も残されていなかった。これらによって生じていた課題は3つ。
①個別データ管理による非効率な店舗運営
散財する顧客、在庫、販売などに関するデータの管理を店舗間のコミュニケーションでカバーしていた。店舗間の在庫移動や他店舗での取り置きなど在庫に関する問い合わせや確認といった作業を電話や LINE で頻繁に行う必要がある状態であった。データを連携させるために二重三重に入力するという作業に業務時間が割かれていた。
②データに基づく営業・マーケティングができていない
顧客と販売に関するデータを連携・集約できていなかったため、自社のマーケティングに活かせず、サービスも 属人化していた。店舗ごとの営業利益も把握できず、経営判断を下しにくい状況だった。
③煩雑で非効率な経理作業とそれによる人為的ミス
発注や仕入れ、売上データなどの複数回の入力、CSV の連結や読み込みにより経理作業が煩雑になっていた。この手作業に依存したプロセスが、ミスの発生率を高め、経理の精度と効率に悪影響を与えていた。
─鶴野が提案した企画書の印象、もしくは感想は?
─中山社長: 正直な話、当時はどういう仕組みなのかよく理解できていなくて、具体的なイメージは掴めていませんでした。とにかくお客さまを一軸で管理したいという思いしかなく、それが出来るならやってみようと思いました。各々の店舗では最適化しているのですが、全体として最適化されていないというのは日々感じていたので。自前のデータベースは作り込まれていて、もう手がつけられない状 態で限界。ひょっとしたら、それがどうにかなるかもしれない、と思いました。
─補助金申請の審査のためにプレゼンもされたそうですが。
─中山社長: 思っていることを書いて企画書にしました。いま困っていることはこういうこと、それに対するソリューションはこうなっていて、それに対する費用はこれくらいかかります、ということをまとめました。審査もそこまで厳しいという印象はなく、皆さん優しくて応援して下さったので、すごくやりやすかったですね(笑)。パソコンで言語化・成文化して資料を作成することで課題がより明確になって、いい経験になりました。あのプレゼンを通じて、漠然と頭の中にあった課題が体系化され、将来像がより具体的になった気がします。
DX へ向けた作業が動き出す
これらの過程を経て、DX へ向けた作業が動き出した。まず他店舗へのヒアリングを実施し、業務負担の発生原因、店舗共通の課題などを明確にしていきました。業務では kintone、おみやげを扱う店舗では Shopify が使用されていたので、POS と EC を Shopify に統一。Shopifyとkintone を連携させ、馴染みのある kintone を基幹システムとしてマスターデータを集約する「アパレル向け業務統合システム」を構築していった。
─プロジェクトを進める中で大変だった、難しかった点はありますか?
─中山社長: 最初の頃は SaaS というものを全くわかっていなかったんですね(笑)。何がどうなっているのかわからなくて戸惑いました。「動かない」、「値札が出ない」などのバグ、トラブルなどもありました。売り場が困るとお客さまにご迷惑をかけてしまう。スタッフにも謝らせることなく、気持ちよく働いてもらいたいので、それは少しストレスでした。でも、新しいことをすれば、トラブルはつきものです。スライベックスさんにはそういったトラブルを一緒に解決・改善して、伴走して頂いていると感じています。今ではスマートに接客しながら裏ではデータが蓄積されていくということが出来つつあると感じています。
─鶴野: 独自のタグ発行システムの開発は苦労しました。アパレルは季節商品のため入れ替わりが激しく、タグの発行・印刷は量も多くて大変な作業です。商品のマスターデータ(商品名、サイズ、色の情報など)を kintone に集約して、そこからバーコードの番号を独自に生成して印刷できる専用アプリは、地味ながら現場の方々を支える強力なアイテムだと自負してます(笑)
DX によってもたらされるもの
ス ラ イ ベ ック ス に よ る Shopify とkintone を活用したアパレル向け業務統合システムによって販売と在庫に関する様々なデータをリアルタイムで集計・可視化することが可能になった。スタッフや店長が必要な情報をいつでもどこでも確認できるようになり、経営戦略や販売戦略の迅速な策定も実現した。商品登録からタグ発行までのプロセスの簡略化などにより、業務効率も大幅に向上。それだけにとどまらず、社内のコミュニケーション促進のため、日報の登録機能まで盛り込まれた。
─現在のシステムについてはどのように思われていますか?
─中山社長 永遠に未完成でいいかな、と思っているんです。その都度、置かれている状況に対応していく、その流動性の高さが SaaS の良さだと思います。データベースを作って終わりではなく、色々な方向に発展させられるというのが。新業種や新店舗、やりたいことはま
だこれからたくさん出てくると思うんです。そうやって新しいことに挑戦すればするほどデータベースがキラーコンテンツになっていってくれればいいなぁ、と思います。
そのように話される中山社長が効率性や利便性といったこと以上にシステムに関して効果を実感していることがあると言う。
─システムを通じて効果や変化を感じられている点はありますか?
─中山社長: 鶴野さんから書いた方がいいとアドバイス頂いた日報ですね。私自身、サラリーマンの時はすごく嫌いだったんですけど・・・。今はスタッフが書いてくれたものすべてに目を通して返信しています。書いた日報の数を出勤数で割ったパーセントまで給与明細に明記するようにしました。それによって、「振り返ること」が凄く大事なんだ、と実感しています。私や店長が全員に「明日もがんばろうね」などと返信することが社内のコミュニケーションにもなっています。それがネットで出来るというのがいいですよね。数値だけでは評価できない部分も日報によって可視化することも出来ました。データの蓄積も重要ですが、私たちのビジネスで一番難しいのはコミュニケーションです。店舗が増えると、圧倒的にコミュニケーションが少なくなってしまうので、それがデジタル上でいつでも出来るのはいいなぁ、と思いますね。
─スタッフの働き方などに変化は?
─中山社長: 個人の当日売上などもすぐにパッと見られるようになったので、スピード感が変わりました。スタッフにとってもいい意味でプレッシャーになっているので、効果が出ていると思います。面談も数字を元にした来期の目標などを具体的に話せるようになり、内容の精度が高く、濃くなった気がします。
老舗企業が見つめる小売業の未来
変化することで厳しい時代を生き抜いてきた株式会社いろはや。デジタルの導入も新しい時代を生き抜くための手段だと考える中山社長には「ある思い」がある。
─今後の御社の課題や目標、やられたいことは何でしょうか?
─中山社長: 私は店で育ってきました。店の裏が自宅で、店に「ただいまー」と言っていた人間です。でも、これだけマーケットが縮小していくと、店は効率が悪いし、時代遅れな業態になってしまうという危機感を凄く感じています。一方で、店には「街の文化」、「地域の顔」という側面もあると思うので、絶対に残していきたいと思っています。店が減少する長崎の逆境の中でも、しっかり稼げる持続可能な業態にして、街に店が残るようにしていく。ゆくゆくは我々が成功事例となって、「店の減少」をサポートできればいいなと思っています。
─最後に、スライベックスに今後期待することはありますか?
─中島社長: 「DX で繁盛を創造する」と謳ってらっしゃるので、ぜひ繁盛させてください!
─鶴野: がんばります!(笑)